GIFT – ミサトさん

誕生日祝としてエルネアの初代夫婦のロニー×ルイボスのお話を頂きました!二人の一生をなぞった形で描かれていて、涙なしでは読めない程、素敵なお話です。


Eternia

新たな季節をもたらす太陽の光が。山肌を照らし、森の木々の間に煌めき、彼方まで広がる海の水面へ燦々と降り注いでいる。
芽吹き始めた新緑が、やわらかな風に揺れ。国中が、間も無く訪れる春を、今か今かと胸を高鳴らせて待ち侘びている。
彼女が港に降り立ったのは、そんな日の事だった。
旅の最中、この国に立ち寄ったという彼女は。歩んだ旅路で目にした空と海を、まるで映して来たかのような--そんな、透き通った大きな青い瞳をしていた。そしてその輝くようなふたつの目で、興味深そうにきょろきょろと、国中を見て回っていた。
肩口で切り揃えた鮮やかな赤髪が、春風に泳いで扇型に揺らめく。小さな体がくるくるくるくる、よく動く。その幼さの残る顔は、いつ見ても何処で見ても、楽しそうだった。その表情は今まで見てきた他の誰よりも、明るく、輝いているように見えた。
…いつ見ても。そう。気が付けばその姿を、目で追うようになっている自分が、いた。
彼女の事をもっと知りたい。そう思って、帰化をし国民となった彼女に友だちになりたいと申し出た。それは快諾され、晴れて友人となった彼女の、太陽のような笑顔に毎日が癒されるようになった。
仲を深め、探索に行くようになると、慣れない魔物に怯える姿に、物怖じしない彼女の違う一面を見た。…ああ、いつも明るくて、好奇心旺盛で臆さない彼女も、こんな風に恐れる事があるのだと、知って。
--無邪気な笑顔を、守りたい、と。湧き上がった想いは、自然な感情だった。

「ルイボスさんは、見ていて飽きないね」
「ええっ?…それ、あたしに落ち着きがないって言いたいんでしょ」
「あはは、違うよ。ルイボスさんは自分の気持ちに素直で、笑ったり怒ったりたくさん表情が変わるから、見ていて楽しいなあって思ってたんだ」
「そうなの?自分じゃあ分からないけど…」

あ、でも。隣に座った彼女はそう言って、屈託のない笑顔を向けてくる。

「あたしはね、ロニーのほんわかした笑顔が大好きだから、ずっと見ていられるよ」

ねっ、と笑う貴女が、とても愛おしいと、思ったから。
好きだと想いを告げるのに、そう時間はかからなかった。

 

身長は、平均よりも高い自覚はある。そうして彼女はといえば、平均よりもきっと小柄だ。
だから、背中から抱き込んだ身体は、すっぽりとこの腕の中に収まった。

「きゃっ!ど、どうしたの?」
「ん~…?ちょっと、癒されたいなあって」

抱き寄せた彼女の身体からは、ふんわりとした女性特有の甘い匂いが香り、鼻先を擽る。
ああ、やわらかいなあ。抱き心地の良さにもっと触れたくて、無意識にきわどい部分に手が伸びると、ぺちりと可愛い音で指先をはたかれた。

「あいた」
「もう、ロニーのえっち!」
「そうかなあ…?ルイボスさんて、結構恥ずかしがりだよね」
「…そういうロニーは人畜無害そうな顔して結構積極的だよね」
「ふふふ…」

思わず笑いながら、甘えるように彼女を抱き直す。仕方ないなあと聞こえる軽い嘆息をいとおしく聞きながら、自分もふうと、息を吐き出した。

「緊張してる?」
「…うん、少しね」

明日は、騎士隊長の座をかけた決勝戦。
幼い頃から父の背中を追って、憧れ続けた誇り高き騎士隊。その、頂点に立つための戦い。
特別、騎士隊長という地位に拘りを持っているわけじゃない。けれど、騎士に身を投じ、同僚達と切磋琢磨する中で。先人達の磨き抜かれた美しい剣技に見惚れた。あんな風に剣を扱えるようになりたいと思った。騎士隊長になる事は、それは即ちとても純粋な、強さへの憧憬だった。

「?ルイボスさん…?」

もぞもぞと、腕の中の彼女が向きを変える。下からあの大きな瞳に見上げられる。不意に伸ばされた両手。そっと、頰を包まれて。
澄み切った青い世界の中心に、吸い込まれた。

「大丈夫よ!ロニーが探索を頑張って、鍛えて、凄く強いこと、あたしは知ってるもの。きっとロニーは勝てるわよ!」
「ルイボスさん…」

そう言って。眩く笑う貴女の笑顔に。どれだけ勇気付けられているだろう。
貴女のためなら。貴女を、愛しいものたちを、守るためなら。どんな事だって乗り越えていける気がする。
そんな力を、貴女はいつもくれるんだね。

「そうだね。子供たちにもカッコいいパパの姿、見せてあげたいからね」
「うん。みんなで応援に行くから、頑張ってね」
「…ねっ。キスしてもいい?」
「えっ?!も、もう。そういうことなんで突然言うかなあ…」
「だって私、勝利のおまじないが欲しいんだ。勇気の出るおまじないがね」
「仕方ないなあ、も〜…」

背を、屈める。近付く距離。
触れる、甘さ。
騎士を目指したあの頃から。柔らかな唇は、いつだって勝利と共にあった。
大丈夫。貴女がいてくれるから。
私はきっと、勝つよ。

 

「ロニーったら。いい加減泣き止んだら?みっともないわよー」

彼女は時に酷なことを言う。
こんなに悲しいのに、涙を止められる筈なんてないのに。
祝福された花婿と花嫁を見送り、神殿はもう人も疎らになっていた。それでも未だ長椅子から立ち上がれない様を見かねて、彼女はそっとハンカチを差し出し、濡れた目尻を拭ってくれた。

「ハーブの時も号泣だったけど、また今回は一段と泣いたわねえ。やっぱり年を取ったせいかしら?」

ロニーが先に泣くからあたしの涙が引っ込んじゃうのよ、と呟く彼女の言う通りなのかもしれない。年を取ると涙腺が緩むって言うのは本当だったのかと、今身を持って実感している所だ。

「…ハーブさんがお嫁に行く時も凄く寂しかったんだけど。ローズさんは、あの大人しくて内気だった子がこんなに立派になったって思ったら、また違う意味で泣けてきて…」
「ふふ…そうね。ロニーはローズの事、ずっと心配してたものね」

人見知りで、なかなか友達ができないと毎日落ち込んでいた娘の顔。それももう、ずっと遠い昔の記憶だ。
少しづつ、すこしずつ。友人ができた。明るくなった。笑顔が増えた。毎日楽しそうに学舎に通うようになった娘の傍には…ずっと彼が、いたんだろう。

「エスモンド君、いい子ね。ローズの事が凄く大事だって伝わってくるもの。きっとあの二人、幸せになるわね」
「……うん」
「ほらあ、もう泣かないで。帰りましょ、ロニー」

促されるまま、立ち上がり。ふたり肩を並べて歩き出した。ゆっくり、ゆっくりと。
神殿を出ると、潮を含んだ風が、ごうっと髪を揺らしていった。
どれくらいの時間、ここに居たのだろう。
空は夕陽色。
海はえんじ色。
風は潮風、吹き抜ける。

「…もう、夕方だねえ」
「…そうだね。何か、ごめん」
「いいのよ、別に。さあ、晩御飯何がいいかな?今日はロニーの好きなもの作るよ」
「…本当?」
「うん。落ち込んだり、悲しい時もね。好きなものを食べてお腹いっぱいになれば、きっと幸せな気持ちになるよ」

それをあたしに教えてくれたのは、ロニーじゃない。
笑う、彼女の言葉が。なつかしい響きが。耳に、心に、心地よく。空気に溶けてゆく。
不意に、指先が触れ合った。
どちらから伸ばしたのか。分からないけれど、自然と。手を、繋いだ。

「ハーブも、リョクも、ローズも、みんな立派に巣立って。後はバンだけね」
「…うん」
「バンの結婚も二人で見届けなきゃね」
「うん、そうだね」

空を見上げる。
満ちていく夕陽。染まりゆくえんじ。
落日の朱に満ちた、目の焼けるようなあかいあかい色の空は。
ずっと遠くの彼方まで、広がっていた。

 

…声が、聞こえるんだ。
ぼんやりと薄い膜が降りたような、靄のかかったような、朧げな視界はよく見えない。欹てた耳からは、数多の声が零れ落ち、さらさらと身体の中へ染み込んでいく。
労わるような色。哀しみにくれる色。
奏でられる音色はどれもやさしく、きらきらと、尊い彩りに満ちていた。
音を抱いて、ゆうらり、ゆらり。重く深く、たゆたう体。力の入らない、頼りない感覚。
その中で、ずっと。もうずっと。細い指に握り締められた手が。傍にあるぬくもりだけが。
たったひとつの、鮮明だった。

「………ねえ。ロニー」

穏やかな、声。

「あたしね、この国に来て良かった。だってここに来なければ、ロニーに出会えなかったもの」

うん、そうだね。
貴女がここに来てくれなかったら、私達はきっと出会えなかった。
こんなに愛する人には、出逢えなかった。

「ロニーがいたから、あたし、幸せだった。…ずっとずっと、幸せだったよ」

…彼女の指が、震えている。
ああ、きっと彼女は泣いている。泣かないで。貴女を怖がらせるものも、悲しませるものも、全て追い払ってしまいたい。貴女を愛した時からそう、決めていたのに。
吸い込まれるような青い瞳の、その目尻に浮かんでいるだろう涙を拭いたいと思いながら、自分の体は自分のものじゃないみたいに言うことを聞かなくて。ただ、彼女が握ってくれている手を、震える指を、握り返す事しかできなくて。
その上に、そっと。掌が重ねられた。

「ねえ、ロニー…」

静寂の、世界の中で。
額にキスを、一つ。

「あたしね。…ロニーがいないと、だめみたい」

星の降る、夜の彼方で。
頰にキスを、一つ。

「きっとあたしも、すぐにいくから」

灯火の、揺れる狭間で。
唇にキスを、一つ。

 

「おやすみなさい、ロニー

愛してるよ」

 

彼女の、やわらかな愛の言葉に。
私も、愛してる。
あいしてる、と呟いて。
子どものように、微笑んだ。

 

不意に目を覚ました。
寝そべっていた身体を起こし、嘘のように軽い身体で、伸びをひとつ。そうして辺りを見渡す。
頭上には太陽。青空に流れていく白雲。そよぐ草花。
ああ、なんていい天気なんだろう。日向ぼっこなんてしたらよさそうだなあ。そんな事をぼんやり考えながら、手を伸ばす。
となり。空を切る。指先。
ぽっかりとした空間を眺めて、次にはもう、ふるり、と頭を横に振った。
…一人でなんて。そんなの、もうとっくの昔に忘れてしまったんだ。
ふたりで過ごした時間。ふたりで見た景色。ふたりで歩んできた、道。
隣に在る事が当たり前すぎて、何も無い事がこんなにも、胸を締め付ける。
貴女が。
貴女が、いなければ。
頰を、風が撫でた。
振り返る。どくり。震える心臓。
とおく道の先から聞こえてくる、軽やかな足音。聞き間違う筈のない、愛する音。
…ああ、もう、来てしまったの?駄目じゃないか。きっとみんなが哀しんでいるだろうに。
そう思いながら。思いながら。まるで、まるで、運命のように。離れられないと、導かれた事が。
こんなにも、こんなにも。
涙が出るほど…いとおしくて。
四方八方、辺りをきょろきょろと見渡しながらやって来るその姿は、まるで最初に出会ったあの頃のようで。思わず、透明な雫と共に笑みが零れ落ちた。
遠い海の薫りを纏い、春と共にやって来た異国からの旅人。
それは全ての、はじまりだった。

「ようこそ、旅の方!そんなに急いで、どちらまで?」

呼びかけた声に
彼女の足が、止まる。
彼女の目が、見つける。
そうして一歩、二歩、また、一歩
踏み出す、走って
距離が、距離が、近づいて
あふれる、涙に

「そんなの、あなたのところに決まってるじゃない!」

腕を広げて、飛び込んでくる貴女を

「ルイボスさん…!」
「ロニーっ!!」

 

いっとう強く、抱きしめた

 

eternia

 

此れは永遠の、物語。

【E】